どなたにでもあることとは思いますが、ふとしたきっかけで自分にとって大切な「音楽」に出会うことがあります。
運命というと大袈裟かもしれません。
でも、出会わなければ一生聴かなかったかも、一生知らなかったかもしれない音楽に出会えることは、私にとってはとても大事なことです。
中には、一時だけのお付き合いの音楽もありますが、その様に出会った音楽はなぜかいつまでも心の中で鳴り響いています。まるで人との出逢いと同じだなと思います。
作曲家 佐藤直己(さとうなおき)さんの音楽もそうでした。
Road To Rebirth(再生への道)とは
「Road To Rebirth」は、NHK土曜ドラマ「ハゲタカ」のサブタイトルです。
佐藤直己さんが音楽を担当したこのドラマは、真山 仁さんの小説「ハゲタカ」と「バイアウト」を原作とし2007年に放送された経済ドラマでした。しかし当時私は視聴することはなく、ドラマ・タイトルをうっすらと知っている程度でした。
2年ほど前のある日、映画やテレビのサウンドトラックが大好きな私はお店でこのサントラCDを何気なく手に取り購入しました。
しかし、実を言うと一回聞いてしばらく忘れていたのです。
その後、様々な佐藤作品を知るようになり、現在ではこの一枚もまた愛聴盤となっています。
佐藤 直己さんの音楽
佐藤 直己さんは、1970年、千葉県生まれの作編曲家。
東京音楽大学作曲科(映画・放送音楽コース)卒業後、テレビ・映画・CM・アニメなどの分野で数多くの創作に関わり、第29回日本アカデミー賞音楽賞を「ALWAYS 三丁目の夕日」で受賞したことは
よく知られています。
現在44才の佐藤さん、映像音楽の分野では最も売れている作曲家といっても良いでしょう。
ところで同世代に同じく東京音楽大学作曲科出身の作曲家、菅野祐悟氏や沢田 完氏らがおり、皆活躍されているのは偶然なのでしょうか!?
佐藤さんの「作曲上の特徴」をいくつか挙げてみたいと思います。
● 多岐にわたる音楽言語(クラシカル、ロック、民族音楽、etc.)とそのボキャブラリの豊富さ
● 安定したクラシック作曲技法とオーケストレーションの巧みさ
● 楽器法の多彩さ(特にボイス・エフェックト)
● 親しみやすく美しい旋律が書ける卓越したメロディ・メーカー
● 一度聞くと忘れられない音楽の個性とアイデンティティを持つ
以上はあくまでの私の私見であり、人によって感じ方に違いがあると思います。
また、
彼の音楽からはいつも「有限の悲しみと生に対する愛おしみ」を感じます。
全てのことは無限ではなくいつか終わりがあるからこそ「生」は輝くのだと。
佐藤さんの音楽からは、それがいつも誠実にストレートに伝わってくる気がします。
NHKドラマ「ハゲタカ」は、バブル崩壊後の日本における企業買収や企業再生を描くとともに登場人物達の生き様を深く掘り下げ、個々の人間ドラマとして描くことにも成功した優れた作品だと思います。
大森南朋、柴田恭兵、栗山千明、松田龍平、中尾彰などの演技は、それぞれが確かな存在感を持った人物として演じられていました。
また映像的には、ビル群、企業内部などの現代的描写、登場人物の内面描写や危機の前触れ告知的に使用されたカメラの斜めアングルなどが印象的でした。
また、使用されたキャッチコピー的セリフも耳に残ります。
・ そして、腐ったこの国を買い叩く
・ 我々の手で日本を再生する。
・ お金を稼ぐことがいけないことでしょうか?
・ 所詮、金なんだろ。
・ あなたも、全体から見れば部品一個だ。etc.
映像音楽に必要なこと
佐藤さんはサントラCDのライナーノーツに次のように書かれています。
「もちろん、良い音楽を作るために必死で頑張った。どんなサウンド感が『ハゲタカ』に合うのか必死で考えた。だけど、それは今回に限った事ではなく、今までのどの作品だって同じ姿勢で挑んできている。」
また別のインタビューでは、
「(映像音楽は)映像に合っているものや感情移入しやすいものであることを第一に優先すべきと考えており、作曲においては自身の音楽性を主張するよりも監督やプロデューサーの意向に添うものを提供することを重視している。」と述べられています。
まさに映像を重視する姿勢は、正しいと思います。
しかし佐藤さんの音楽の素晴らしいところは、それでも音楽が個性と存在感を失っていないことです。
単に映像に追従するのではなく、映像と音楽の相乗作用で一つの世界を作り出す。
凡庸な人にはできないことでしょう。
ところで私の最も好きな映画音楽は、レオナード・ローゼンマンの書いた「エデンの東」です。
冒頭の序曲から圧倒され、高校時代、大分市の映画館に何日も何回も観に行ったことを覚えています。
斜めアングルの多様等、映像撮影手法もハゲタカに似ている面があるかもしれません。
シェーンベルクなどに師事した彼の書く前衛的かつ不協和な音楽が、映画のエンディングであの美しいメインテーマに解決されていく様は何回観ても、何回聴いても感動せずにはいられません。
映像に完璧にマッチングしながら、音楽としても強烈なアイデンティティが存在しています。
映像と音楽、その両世界が融合し、お互いを輝かせる。
名画や名作ドラマには、例外なく必ず素晴らしい音楽が作られていることからもそれは分かります。
Give me Liberty
企業再生(Road to Rebirth)という過酷で冷酷な現実に立ち向かう人々を描いた「ハゲタカ」は、またその人々の人間性の復活と再生、自由への道(Road to Liverty)を描いた作品でもあったと思います。
このドラマのエンディング曲として佐藤さんが作曲したのは「Riches I hold in light esteem」。
長編小説「嵐が丘」で著名なイギリスの作家、エミリー・ブロンテの散文詩につけた音楽でした。
この現代的で都会的なムードを持った曲は、ドラマの持つ厳しい緊張感を緩和し、観る人を最後に解放させる高いクオリティを持ったバラードです。
Riches I hold in light esteem
Emily Bronte
Riches I hold in light esteem.
And Love I laugh to scorn;
And lust of Fame was but a dream
That vanished with the morn
And if I pray,the only prayer
That moves my lips for me
Is
Leave the heart that now I bear,
And give me liberty.
富は問題にならぬ
エミリ・ブロンテ
富なんてものは問題にもならないわ
恋だって 考えただけでも吹き出したくなる
名誉欲? 昔 夢見たこともあったけど
日が挿すと忽ち消える 朝霧みたいなものだった
もし私が祈るとすれば、
それは一つだけ
今の私をこのままにしておいてほしい
そして
ただ 私に自由を それだけだわ
富ではない。自由だ。
エミリ・ブロンテが言いたかったのは、人間としての、個人としての尊厳が最も大切だということではなかったかと思います。
「Riches I hold in light esteem」 詩:エミリー・ブロンテ 曲:佐藤 直己
音楽は人を自由にする
良い音楽が共通に持っているもの
それは「自由」だと思います。
音楽は、人を自由にする
他の芸術も同じだと思いますが
私にとって、音楽こそ自分を解き放ってくれる「親友」のようなものです。
そのような音楽を作れたら・・・。
と、ブログを書いている私に
仕事から帰った息子が、後ろから話しかけてきました。
「父さん、最近少しはげたか?」
本当の話ですが
最後のダジャレにまでお付き合いいただき
ありがとうございます!
コメントをお書きください