前回は、バッハ以降のクラシック音楽が機能和声に基づいた「調性」によって作曲されてきたこと、また音楽的表現力を拡げるために「転調」が使用され、その使用法が時代と共に変化していったことを申し上げました。
少ない例でしたが、作曲家がどこでどの様に転調を使ったかを見ていくと『作曲家の心の変化、その移り変わっていく様を目の当たりにすることができる』といった楽しさがあります。
もちろんこの優れた作曲家たちは、彼らの心象風景の変化をまるで聴衆の心の変化のように共感させられる技を持っていたからこそ、私たちが感動させられるのだとは思います。
しかし、そこに転調の知識が加われば、私たちが作曲家の作品を鑑賞する醍醐味はより一層深まることになると思うのです。
楽曲アナリーゼに不可欠な転調の分析
楽曲の鑑賞には知っておいて損はない程度の転調の知識なのですが、いざ演奏するとなるとそうはいきません。
演奏者(特にプロやセミプロの方)にとって、転調の分析は必須の要件となります。
そのメリットは、曲の構造理解を助けてくれることです。
楽曲全体、また部分的な構造の認識をとてもクリアーにしてくれます。
細部のフレーズ分析や旋律アナライズ、和声分析やダイナミクス理解ももちろん必要ですが、
まず、全体の構造を知りたい時にはお勧めです。
それでは実際にビュアーしてみます。
転調で分かる曲の構造
今回は、拙作で恐縮ですが、河邊 一彦作曲「青葉のころに」の構成を転調から見てみたいと思います。
まず、曲は複合三部形式で書かれています。
三部形式とは、音楽形式の中では常套されるポピュラーなものの一つで、全体が大きく三つの部分から形成されている楽曲形式のことです。
特に、吹奏楽曲にはこの形式による作品が多数あり、記号ではaba'などと表記されます。
a及びa'
前奏に続いて登場する a の部分は全て長調で書かれ、♩=132ca.の快活なテンポで推移します。
練習番号 A・B「経過部」:ハ長調(C Major)
C・D 「第1主題」:ハ長調(C Major)
E・F 「第2主題」:変ホ長調(Eb Major)・ヘ長調(F Major)
H 「推移部」:ヘ長調(F Major 内部転調あり。)
移行部(H)では調の内部での転調が行われ、グラデーションがかかるように明るい日差しが翳っていく様が描かれています。
第3部にあたる練習番号 Q からのa'は、転調や主題の長さはa と同じですが、オーケストレーションやダイナミクスがやや異なっています。
また aの「推移部」はここでは「コーダ」となり、内部転調は行われません。
b
中間部 b は、以前のブログでお話しした「光と影」でいうと「影」にあたる部分です。
内部転調的に一瞬長調が出てきますが、ほとんどが短調で書かれています。
I・J 「第1主題」:イ短調(a minor)
Iで中音域ホルン・サックスに出る第1主題が、Jで繰り返されます。(主題の確保)
K 「第2主題」:イ短調(a minor)
L 「第2主題」:変ロ短調(Bb minor)
Kの第2主題が L で確保されますが、半音上がり、高揚感が増していきます。
M 「推移部」:変ロ短調(Bb minor)
第1部 a の第1主題の断片を使ってカノン風に積み上げられた音の群れが加速し、一気に流れ下るかのごとくエネルギーを増大させます。
N 「第1主題」:ニ短調(d minor)
第1主題が4度上のニ短調で再現します。
対旋律を伴った大きなオーケストレーションで書かれ、ダイナミクスff、カタルシスを作り上げます。
O・P「移行部」:ニ短調(d minor)
オーケストレーションが縮小し、木管、ホルン、鍵盤打楽器などのアンサンブルが第1主題を懐かしむかの様に奏でます。
第1部 a の第1主題断片が、コントラバス(pizz.)・バスクラ → ファゴット → オーボエへと受け継がれながら、次第に明るさを予感させていきます。
なお3つの短調によって奏される第1・第2主題には、教会旋法の一つ「エオリア旋法」を使用しています。なにかノスタルジックな感じがするのは、導音がないこの音列の性格から来ています。
a・a'とbの比較
a(主部)・a'(再現部)とb(中間部)を比較すると
・ a・a' 及び b 共に、2回の転調により調性が4度上昇している。
・ a・a' は、単純な右肩上がりのように、調もダイナミクスも直線的に変化している。
・ b は、Nまで大きな坂を登るようにダイナミクス・調・テンポが変化し転調による落差効果が a に比して大きい。
また、Nから調性自体は変化しないが、Q1小節前、オーボエのG音(次の調の属音)に向かって収束するような下降感がある。
・ b は大きな「山」の形を形成しており、調もダイナミクスも曲線的に変化している。
・ bの演奏時間は、aまたはa':b = 1:1・6であり、全体の約45%と大きい。
青葉のころについて
以下、作曲の動機と曲目の解説になります。
2013年6月下旬、私は初夏へと向かう青葉が瑞々しく美しい季節に、九州へと旅行しました。
旅行の目的は、私の作品を演奏して下さる福岡市のある中学校吹奏楽部の指導のためでしたが、同時に私の第二の故郷でもある長崎県佐世保市へも足を伸ばしました。
この作品は、この時の印象から生まれた曲です。
曲は、短い序奏から快活なテンポに変わり、まず爽快で明るい二つのテーマが聞こえてきます。
これは音楽にひたむきに取り組む子供たちを描いたものです。
最初のテーマ・モチーフにグラデーションがかかるように転調していくと、曲は中間部に入ります。
この部分は、旅行中、車窓から眺めた山里の印象です。
九州の山間部出身の私は、子供の頃から山里の情景に慣れ親しんできました。
この時の夕焼けに染まりながらやがて星空へと変容していく山野の風景は、時を遡ってまるで幼い自分に戻ったかのような感覚におそわれたのを今でも覚えています。
とても懐かしく、また胸にせまる美しい風景・・・。
山里のテーマがリフレインされ、しだいに静まると再び最初の部分が快活に現れ、やがて青空に吸い込まれるように消えてゆきます。
今回は、『転調』から楽曲のアナリーゼにアプローチすることについて申し上げてきました。
参考音源をまとめとして聴いて頂けると理解が深まるかなと思います。
作曲する際、基本調の設定や転調の設計はとても苦労するところではありますが、反面とても楽しいことでもあります。
やっぱり、転調は素敵だ!